ドラキュラ伝説、陰陽師、ナチスドイツの人体実験。歴史の影には常に異形の存在が絡んで
いたときく。
そしてそれは現代の日本においても例外ではない。
約10年前に日本を襲った未曾有の大災害、地震、津波、火山の噴火。あらゆる自然災害が
巻き起こり犠牲者は何万という域にまで達した災害。あの原因にも異形の存在が絡んでいた。
災害と見せかけて実は戦争だったそれはハンター達の世界では《百鬼夜行》と呼ばれている。
異界から溢れ出た数多の死霊や怪物たちに一度日本は蹂躙されたのだ。しかし、そこから滅
鬼師の活躍があって今の日本は平和を取り戻した。それでもいまだに人々は魔物や滅鬼師とい
う存在を知らないものがほとんどである。全ては異界の存在を知った市民によるパニックを防
ぐための滅鬼師達による計らいだ。
「復興不可能なんて言われてたけど……数年で立ち直ったんだから凄いわよねえ」
バンピールは昔話をしながら手元の刀に細工をしている。
ここは雷名高等学校のある街から数キロと離れていない兜山、その山中にある洞窟である。
中は冷えこみ、水のしたたる音が聞こえる。
バンピールはいかにもという場所を寝床としていた。
明かりはない。入り口からの陽光も奥までは届かない。
今は直江が自分自身のために懐中電灯を数カ所設置して足場を照らしている。でないと、つ
まづくのだ。なんか滑りやすいし。
「バンピールって何歳なんだよ」
「ちょっと。レディに年齢をきくなんて失礼ね」
「……いや、男だろ」
オカマの吸血鬼は少し角張った岩を作業机代わりに刀をいじっている。
その刀とは四ノ宮の愛刀〈我写髑髏〉であった。
直江が彼から借りて来たものである。もちろんすぐには渡してくれなかった。
四ノ宮家は、今は廃れたそうだが平安時代には独自の剣術を用いて魔物を狩っていた一族の
末裔である。〈我写髑髏〉はそんな一族の宝刀らしいのだが「大丈夫。ちょっと研究してみた
いだけだから。え、仲間だったら貸してくれるよね?宝刀だけど、器の大きい人なら貸してく
れるよね?」と言うと、「も、もちろんさあ!」と快く渡してくれた。プライドのために敵に
渡るとはやっすい宝刀である。
バンピールはいったい何をしているのか、刀の刀身に手を当ててもう一方の手は見えない何
かを操作しているかのように指をゆらゆらと動かしていた。
「10年前の百鬼夜行で、死霊がこの国を蹂躙した暁には……本当なら私は四国一帯を治める
女王の地位が約束されていた……」
「……だから女じゃねえじゃん」
「うるさいわね!とにかく偉くなれるはずだったのよ!けれどこんなものがあるせいで……」
バンピールが我写髑髏を忌々しく睨む。
封魔器。異形の存在を屠る力のある道具は全てそう呼ばれている。
もちろんこの我写髑髏もその内の一つだ。
刀に込められた念のようなものが例え不死の存在であろうと滅する。その込められた念を今
バンピールは減らしている最中らしい。もしこれで自分が切られても大丈夫なように。
彼が刀を持ち上げて光に当てる。刀身の輝きに目をくらませた。
「……まだ強いかしら」
指をパチンとならす。
すると闇の中から何か巨大なものがゆっくりと彼に歩み寄った。
そのおぞましい姿は何度見ても身の毛がよだつ。
2メートルはゆうに超える大きな体はみっしりと筋肉で覆われ、さらにその上から錆びた色
の鎧兜を身につけている。バンピールの使役する怪物だ。彼はそれを海外俳優から名前を取っ
てシュワちゃんと呼んでいる。
我写髑髏を近づけるとシュワちゃんが人には出せないような声で低く唸る。刀を恐れている
のだろう。
「まだ抑えないとね……」と作業に再びとりかかるバンピール。
「あんまりいじりすぎないでくれよ。あからさまだと僕が細工したって疑われる」
「わかってるわよ。何か上から言われてるみたいで腹が立つわ。少しは私に従属してるってこ
と意識したらどうなのよ」
そう言って不機嫌な態度をとるが、フランクに接しろと直江に命令したのは彼自身である。
「そんなことより。直江、わかってるわよね。あんたの仕事」
「もちろん」とうなづく。
直江の仕事。それはこの街にプロの滅鬼師を来させないようにすることだ。
滅鬼師やその見習いが所属する組織は月に一度《本局》と呼ばれる滅鬼師を管理する場所に
その活動をメールなどで報告しなければならない義務がある。直江がその報告を一任されてい
た。
四ノ宮は「そんなこと天才の僕がする必要なんてないのさ」とか言い、吾郎にいたってはアホ
すぎてパソコンが使えないからだ。
話を戻すがその報告において、もし狩りにおいて手に負えないと判断した場合、応援をその
地区に呼ぶことができるのだが、それを彼が阻止している。
吾郎や四ノ宮は早くプロを呼べと言っているが、直江は「プロはみんな忙しくて来れない」
と適当に嘘をついて誤摩化している。本当は「問題なし」とひたすら同じことを国に報告して
いるのだが。
さらにバンピールにも一人から摂取する血の量を抑えてもらっている。
前は生きるか死ぬかの瀬戸際まで血を吸い、時に命を奪うこともあった。しかし死が増えれ
ば国への報告でいくら嘘をついていても不審に思った腕利きのハンターが来てしまう。
「絶対にこの街につれてくるんじゃないわよ。特に……麻上一族はね」
そう言ってバンピールはギリリと恨みをこめて歯を噛み締めた。
彼がする話の中でよく出て来るのがこの麻上という名前だ。
教本には書いていないのだが、バンピール曰く「百鬼夜行の際にこいつらがいなければ間違
いなく西日本は取れた」らしい。
「大丈夫。そいつらは僕が来させない」
「そう自信満々に言うあたりが逆に怖いのよ」
いや、絶対に来させない。
プロのハンターが来れば間違いなく戦闘は激化する。そうなれば吸血鬼特捜隊のメンバーを
傷つけなければならなくなってしまうかもしれない。でもそうはしたくない。
直江の頭に浮かぶのはいつものように寝息をたてる祭ちゃんの姿。
どうか彼女だけは……自分の好きな相手くらいは………。
吸血鬼になりたい。けれど好きな子も守りたい。自分は甘すぎるんじゃないか、と直江は時
折思うのだった。